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Thursday, August 17, 2023

五輪の終わりは街の始まり 元選手村から考える晴海フラッグの未来 ... - 朝日新聞デジタル

 7月半ばの早朝、ドローンで上空から撮影すると、東京都中央区で建設中のマンション群「晴海フラッグ」が朝日を浴びて浮かび上がった。

 2年前に開催された東京五輪・パラリンピックの選手村跡地が、超人気マンションに生まれ変わろうとしています。コロナ下で紡がれたあの記憶は将来、どう受け継がれてゆくのか。過去の開催地、札幌や長野の「元選手村」を訪ねて考えました。

 来年1月以降の入居開始に向けて改修工事が進み、25年には地上50階建てマンション2棟を含む計23棟が完成予定だ。住居数は5632戸で、約1万2千人が暮らす見込み。都心である周辺相場よりも安価で、投資や転売目的での購入も相次ぎ、抽選倍率が266倍に達した部屋もあった。

 昨春の抽選に当たった同区の40代会社員は「元選手村というのは、購入や住む上での直接的なメリットは感じていない。街がひとつ、ゼロからできるところが魅力的」と期待する。

 周辺は道路やBRT(バス高速輸送システム)など、交通インフラの整備が一気に進んだ。小中学校や商業施設も新設される。東京都都市整備局の担当者は「塩漬けになっていた土地の有効利用になった。臨海部の発展に五輪という新しい要素が加わり、大会のレガシーとして新たな顔になる」と話す。

 五輪の選手村は、約100年前の1924年パリ五輪が起源とされる。各国の参加選手たちが宿泊施設に困らないように、4人収容の木造コテージ約50棟がスタジアムの周囲に建てられた。以降、大会後に改修して住宅となるケースが増えていった。

 64年の東京大会では、米軍宿舎だった代々木の「ワシントンハイツ」を転用し、5900人を収容。大会後、跡地は代々木公園として再整備された。

受け継がれる「銀盤の妖精」のメッセージ

 72年の札幌、98年の長野両大会の選手村は住宅として再利用されているが、それぞれ建設から半世紀、四半世紀が経った。

 札幌駅から市営地下鉄で約20分。真駒内駅の目の前に広がるのが札幌大会で建設された五輪団地だ。当時、11階建ての女子宿泊棟2棟と、5階建ての男子宿泊棟18棟などが建設された。現在は分譲マンションや賃貸住宅として使われている。さすがに建物の修繕はひっきりなしだが、緑豊かで静かな環境、学校や駅の近さは住民の自慢だ。

 そのマンションの一室に、「…

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