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Sunday, October 10, 2021

アインシュタインが「宇宙項」を付け加えた本当の理由とは? (吉田 伸夫) - 現代ビジネス

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科学史研究は、通常の歴史学とは異なる面を持つ。第一級の史料であるはずの原論文を、科学史家が必ずしも読解していないのである。研究の主目的は、当時の社会情勢や人間関係と科学の動向を結びつけることだと考え、個々の業績については、専門の科学者による解説の受け売りで済ませてしまいがちだ。

ところが、科学者の解説が原論文に忠実であるとは限らない。彼らにとって、科学史とは専門家以外にわかりやすく説明するための素材であって、忠実かどうかは重要でないのである。そもそも、大半の科学者は、半世紀以上前の論文に見向きもしない。そんなものを読む暇があったら、最新論文のために費やす。

こうして、誰も原論文をきちんと読まないまま、科学史が語られる。その結果、世に流布している科学史には、事実誤認が少なくない。宇宙論がらみの例を挙げていこう。

アインシュタインの静止宇宙

現代的な宇宙論の発端となったのは、1917年にアインシュタインが発表した論文「一般相対性理論についての宇宙論的考察」だが、その内容は、解説書などでの紹介とはかなり異なる。相対論の方程式に宇宙全体の構造を表す式を代入したところ、宇宙空間が動的に変化するという結果が示されたが、これは変だと考えたアインシュタインが、元の方程式になかった宇宙項を付け加えた——そんな風に紹介されることが多い。しかし、1917年の論文に、こうした議論は全く出てこない。

アインシュタインは、大学を出ても研究職に就けず、しばらくスイスの特許庁で出願書類をチェックする仕事をしていた。合間に物理学の論文を執筆したが、仕事が忙しくて図書館での調査もできず、特殊相対論の論文も、ローレンツやポアンカレによる最先端の研究を知らないまま書いたようだ。こうしたキャリアのせいか、彼の論文はどこかアマチュアっぽい。

プロの物理学者は、余計なことを書かず要点だけをまとめるが、アインシュタインは、いかなる発想に基づいて研究を進めたかを記すことがあって面白い。宇宙論の論文では、彼の宇宙観が全面的に展開される。

この論文は、「銀河系が、宇宙空間に存在する唯一の天体集団だ」という当時の有力学説をベースにしていた。銀河系から無限に遠ざかったとき、空間の幾何学的性質がどうなるかをいろいろと検討したものの、合理的な答えが見出せない。そこで「銀河系からどこまでも遠ざかることができない」ような空間として、まっすぐに進むといつの間にか元の地点に戻ってしまう球面状の構造に思い至ったと記している。

もっとも球面状空間の式を代入しても、相対論の基礎方程式を満足することができない。そこで、宇宙項を付加した形に基礎方程式を変更する道を選んだわけである。変更された方程式を満たす球面状空間の解が、いわゆる「アインシュタインの静止宇宙」である。こうした記述から読み取れるように、彼にとって重要だったのは、銀河系から遠ざかったときの幾何学的構造であり、時間変化については、端から問題視していなかった。

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