任期が残り1年半を切った文在寅(ムン・ジェイン)政権が求心力を失いつつある。昨年4月の総選挙では革新(進歩)系与党「共に民主党」が圧勝したものの、検察改革を巡って尹錫悦(ユン・ソクヨル)検事総長と秋美愛(チュ・ミエ)法相が対立し、政権内の混乱が顕著になった。左派論客の陳重権(チン・ジュングォン)氏は、文大統領が一昨年に世論の反対を押し切って親族のスキャンダルが取り沙汰されたチョ・グク氏を法相に任命した時点から、すでに民心離れが始まっていたと分析する。
文政権に批判的な左派知識人として、韓国メディアは連日のように陳氏の発言やコメントを取り上げる。陳氏がそんな「時の人」になったきっかけは、他ならぬ友人のチョ・グク氏を巡るスキャンダルだった。
チョ氏は2019年に、文大統領により検察改革の担い手として法相候補に選ばれたものの、むいてもむいても疑惑が出てくることから「タマネギ男」と呼ばれるようになり、検察当局も捜査に乗り出した。
複数ある疑惑の一つが、慶尚北道にある東洋大学の教授でチョ氏の妻であるチョン・ギョンシム氏が、娘のインターン活動を証明する書類を偽造したとの疑いだ。陳氏は当時、チョ氏の推薦で東洋大学に教授の職を得ていた。
過ちを認めないチョ氏と、チョ氏の任命を強行しようとする文政権。政権の腐敗ぶりに衝撃を受けた陳氏は、自由な言論・執筆活動を展開するため東洋大教授の職を辞し、革新系野党「正義党」からの脱党も決めた。
■文氏の支持層は「ファン」に近い
――文政権はどのような政権と考えるか。
金大中(キム・デジュン)政権や盧武鉉(ノム・ヒョン)政権といった過去のリベラル政権とは全く異質な政権と言える。文政権の青瓦台(大統領府)のスタッフや共に民主党の指導層の中心は、1980年代に学生運動を体験した60年代生まれの「386」世代だ。
彼らの多くは、北朝鮮に親近感を抱くNL(National Liberation)系の強い影響を受けており、自由民主主義についてこれまできちんと勉強したことがない。そのため、全体主義的で民族主義的な傾向が強いのが特徴で、敵と味方をはっきりと区別する。国会で過半数を握れば、数の論理で強行採決も辞さない。
そのような少数意見や個人の自由に対する理解の乏しさは、新型コロナウイルス感染症の防疫対策でプラスに作用したのは事実だが、憲法に従ってデモの自由を認めた判事を実名で批判するなど、負の側面も目立つ。「コロナ独裁」が懸念される。
「身びいき」も彼らの特徴だ。例えば、元従軍慰安婦を支援する市民団体の不正会計の罪に問われている共に民主党の国会議員、尹美香(ユン・ミヒャン)前代表の夫はNL系だ。尹議員に対する党の処分が甘いのはそのためだ。
文大統領の支持層も個人崇拝の傾向が強く、「ファンダム(熱心なファンたち)」に近い。
■ろうそく革命とは無関係
文政権は朴槿恵(パク・クネ)前大統領の弾劾を求める抗議集会から始まった「ろうそく革命」を看板にしているが、実は文政権とろうそく革命は関係がない。
ろうそく革命はあくまでも市民によるもので、当時野党だった共に民主党は「弾劾訴追するには国会での議席数が足りない」「憲法裁判所には保守派の裁判官が多い」などを理由に、朴氏の弾劾は「難しい」という立場だった。
ところが、いざ朴氏が弾劾されると、今度は「ろうそく革命」を党の看板にした。ロイヤルティーを支払わずにブランドを使用したようなものだ。
■「もう一つの事実」を作り上げた文政権
――文政権は保守政権下で定着した政策や慣行を一掃する「積弊清算」を進めており、検察の権力もその対象となった。
捜査権と起訴権を持つ検察の改革は文大統領の悲願だが、チョ氏の法相指名を巡って国が分裂したような時こそ、国を一つにまとめとようとするのが大統領の仕事だ。ところが、文大統領はチョ氏の法相任命を強行した。
チョ氏の妻の違法行為は、東洋大学内では公然の事実だった。それでも、チョ氏夫妻が悪かったところは悪かったと認めたのであれば、私も友人として彼らを助けることもできた。
しかし、文政権やその支持者たちは「仮に偽造は事実であったとしても、大きな問題ではない」という「オルタナティブ・ファクト(もう一つの事実)」を作り上げ、御用学者や御用メディアを動員して世論を誘導した。これは完全なモラルハザード(倫理の欠如)だ。これまでのリベラル政権では、あり得なかったことだ。
――チョ氏がそこまで強く支持された理由は何か。
共に民主党の支持者の間には「盧武鉉の夢、文在寅の運命、チョ・グクの使命」というスローガンがある。文氏は盧氏の友人で、その文氏の友人はチョ氏だ。親族らの不正資金疑惑に対する検察の捜査を受けて自殺した盧氏が果たせなかった夢を受け継ぐのが文氏の運命で、その夢を成し遂げるのがチョ氏の使命という意味だ。
そこには、悲しみや恨み、復讐、そして最後に復権に至るという、一種の「正義ドラマ」がある。チョ氏はソウル大学法学部卒という高学歴に加え、長身で端正な顔立ちで、「改革の騎士」として彼以上にふさわしい人物は見当たらない。
検察改革の使命を受けたチョ氏に抵抗した尹検事総長はまさに、「積弊」の対象となった。
■尹総長は致命的な「バグ」
――文大統領は尹氏を検事総長に任命した際、「大統領府でも与党でも生きた権力に厳しく臨んでほしい」と期待した。
尹検事総長の任命は、共に民主党の検察改革に向けたプログラムの致命的な不具合(バグ)になってしまったと言えるだろう。尹検事総長は実際、時の政権の顔色をうかがうタイプではなく、検察組織に忠実な人だった。
チョ氏に絡む疑惑のほか、南東沿岸部の慶尚北道慶州市にある月城原発1号機の廃炉決定を巡る政権の不正疑惑や、南東部・蔚山市長選に大統領府が不正に介入したとの疑惑の捜査に乗り出したことで、文政権との対立が決定的なものとなった。
チョ氏の後任である秋美愛法相は尹検事総長の解任や長期停職などを模索したが、そうできなかったのは、韓国が「法治国家」として機能した証拠だ。文政権が尹検事総長に対して下した停職2カ月の懲戒処分に対しても、裁判所が異を唱えた。
■検察改革の次は司法改革
――韓国検察に代わって政府高官の汚職などを捜査する独立捜査機関「高官犯罪捜査庁」の設置が決まった。
起訴権は検察に残るが、高位公職者に対する捜査権は高官犯罪捜査庁が優先的に行使できるようになる。ところが、高官犯罪捜査庁は、裁判官や検察官に対する起訴権まで持ってしまった。起訴権と捜査権の分離が当初の目的だったことを考えれば、検察改革は完全な失敗だ。
文政権は検察改革に続き、尹検事総長に対する懲戒処分を認めなかった司法の改革を叫ぶだろう。その次はマスコミ(報道機関)改革だ。すでに「(青瓦台内の)記者室をなくせ」という声も上がっている。文政権は、自らに反対するものが現れるたびに改革する対象が増えていくという構造になっている。
「ルール・オブ・ロー(法の支配)」が自由民主主義の本質だとすれば、文政権は「ルール・バイ・ロー(法による支配)」であり、これは民主主義にとっての危機だ。
■保守系野党にも課題多し
――文政権の支持率は低下しているが、保守系野党「国民の力」は受け皿になり切れていない。
国民の力は、同党出身の大統領だった朴槿恵、李明博(イ・ミョンバク)両氏が収監され、国民からの信頼を失った状態が続いている。政権与党をけん制するという野党の役割をきちんと果たせていない。
保守はこれまで、その時々の時代が要求する課題を果たしてきた。朴正煕(パク・チョンヒ)政権は国の産業化に成功し、強圧的だった全斗煥(チョン・ドゥファン)政権でさえ、国主導の経済成長から市場中心の経済成長に移行する上で大きな役割を果たした。盧泰愚(ノ・テウ)政権は、冷戦終結の混乱期に国を安定的に運営した。
しかし今の保守は、与党との差別化を図ろうと「反共」と「市場万能主義」に固執するあまり、かえって自らの政策の幅を狭めているようだ。かつての保守はもっと柔軟性があった。韓国で医療保険制度や国民健康保険制度を初めて導入したのは朴正煕大統領だ。朴大統領は72年に、南北の平和的統一などを唱えた南北共同声明を発表した。
386世代も社会に出て年を重ねれば、どうしても「保守化」して既得権者となる。子どもの教育や住宅、老後に関する悩みもあるだろう。そのような彼ら「新保守」の声は国民の力に届いていない。国民の力は「保守はもはや主流ではない」という厳しい事実を客観的に受け止める必要がある。
――22年の次期大統領選の見通しはどうか。現時点では、共に民主党からは、李洛淵(イ・ナギョン)代表や李在明(イ・ジェミョン)京畿道知事が有力だ。
チョ氏騒動で、共に民主党は党内にフィードバックシステムがないという致命的な欠陥が浮き彫りになった。共に民主党の没落はすでに始まっている。国民の力の立て直しが進めば、革新政権が今後も続くという保証はない。次期大統領選の前哨戦と位置づけられる今年4月のソウル市長選で勝てれば、保守が勢いに乗るだろう。
■日韓は同じ課題で協力を
――悪化した日韓関係は改善に向かうか。
日韓関係の悪化は、安倍前政権の右傾化と文政権の民族主義がぶつかった結果だ。従軍慰安婦問題は民族と民族の問題ではなく、国家権力と個人、男性による権力と女性の問題であって、外交・政治問題に発展するのは望ましくない。
ただ、政治・外交のレベルでは困難な状況であったとしても、市民レベルでの交流は継続することが大切だ。少子化問題や新型コロナの防疫、女性の人権向上など、お互いが協力できる分野は多い。
その一方で、歴史問題など解決が困難な問題については、われわれの世代で無理に解決する必要はなく、次の世代に期待した方がいいだろう。そのために少なくとも、日韓共に次世代に禍根を残すような言動は慎む必要がある。(聞き手=坂部哲生)
<プロフィル>
陳重権:
作家、評論家、元東洋大学(韓国)教授。ソウル大学で美学学士と修士を取得後、独ベルリン自由大学に留学し、言語構造主義を学ぶ。帰国後は、教育や研究活動のほか、講演や著述活動に力を入れている。昨年出版した著書に、チョ・グク氏の支持者による「検察改革とろうそく市民」(別名チョ・グク白書)に対抗した対談集「一度も経験したことのない国」(同チョ・グク黒書)、「進歩はどのようにして崩壊するか」、「陳重権/保守を語る」などがある。
からの記事と詳細 ( 【年始インタビュー】チョ氏騒動は没落の始まり 左派論客の陳氏、文政権を語る 韓国・政治 - NNA ASIA )
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