不安や緊張から学校など特定の場面で話せなくなる不安症「場面緘黙(かんもく)」。そんな症状のある滋賀県近江八幡市の養護学校中学部1年、杉之原みずきさん(13)は、人気のパティシエだ。登校が困難になった小学生の時、スマートフォンを手にしたのが始まりだった。今年、自宅近くに小さなケーキ店をオープン。「みんなを笑顔にしたい」と腕を振るっている。
住宅地の一角に、そのお店はある。
三角屋根の白い建物。《みいちゃんのお菓子工房》は、みずきさんの愛称のついたケーキ店だ。
ショーケース前の来客エリアは1組分。そんな小さな店だが、月2回の開店日には行列ができる。
お芋のモンブラン、マロンのチーズケーキ、イチゴのショートケーキ……。10月上旬の開店日には7種類が並んだ。
レジ前には父誠司さん(54)とスタッフが立つ。調理場にはみずきさんと管理責任者の母千里さん(47)。みずきさんは、開店中も黙々と生クリームとイチゴで特製のパフェを作っていた。
入店は予約制。早々に定員に達する。「一口でおいしいと分かる。元気をもらってます」と市内から来た岩崎陽子さん(42)。
見た目も可愛らしく、あっさり味なので何個でも食べられると評判だ。
お礼状が届くこともよくある。この日新潟から夫婦で訪れた女性からも後日、こんなメールが届いた。
「普段甘いものを食べない夫が『こんなにケーキっておいしかったっけ』と笑顔でした。笑顔になれるケーキ屋さん、ありがとうございました」
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症状は3歳の頃に現れた。自宅では姉や双子の兄と同じように会話するのに、保育園では無口に。お絵かきもできない。
就学前に場面緘黙と診断された。学校では「この人、何にもできへん」と冷たく言われ、「痛いと言うかな」とつねられたことも。給食も口にできない。登校時に体が固まるようになり、4年生になると休みがちになった。
「動けない体。出せない声。できるのは目線を動かすことだけ。みいちゃんの人生は、生きづらさそのものでした」(千里さん)
転機が訪れたのは3学期。家にこもる娘に千里さんが「社会とつながれば」とスマートフォンを渡した。みずきさんは検索して見つけた料理レシピサイト「クックパッド」で、ケーキ作りに興味を持った。「自分の気持ちを外に出せるように」と、千里さんは写真投稿サイト「インスタグラム」を教えた。
ケーキに関するたくさんのサイトを見て、作り方や専門用語を勉強した。
「話せないけど、目から入る情報の処理能力が優れているようです。見た物を頭の中で3D化できる。一度食べた味は再現できる。人の数倍の速度でお菓子作りを習得しました」(千里さん)
自作のケーキをインスタに投稿すると「いいね」がついた。話せなくても、コメントは返せた。新しい発見がいっぱいだった。
多くの人に褒められ、認められた。ここが私の居場所。七夕の願い事に「パティシエになりたい」「お店をもちたい」と書いた。
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対面でなければ、生きていける。その素質をどうやったら伸ばせるだろう。両親は思案しながら成長する娘を後押しした。6年生のとき、市内の公共施設で月に1度、スイーツのカフェを開いた。評判を呼び、130人もの客が集まった。
両親は決断した。当初は15歳をめどに考えていたケーキ店だったが、「少しでも早く技術を身につけられれば」と前倒しした。
クラウドファンディングと自己資金で、近所の祖母宅の庭に5坪の店を建てた。三角屋根は、設計会社からいくつか提案された中から、みずきさんが「かわいいから」と希望した。
店内の調理場と来客エリアの間はすりガラス。みずきさんが次のステップに進むため、客の気配を感じられるようにした。動けなくなる心配もあったが、大丈夫だった。客の反応に、興味を持ち始めた。
1月にオープンすると、毎回2、3時間で完売。コロナ禍での休校中も新作を増やし、レシピは150種類に。腕前も上達した。
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工房は10月初め、グッドデザイン賞のベスト100に選ばれた。審査委員からはこう評された。
《建築が幸せをもたらすとはこういうことなのかも知れない。この場所を通して間接的に社会とのつながりを持つことができていく過程が素晴らしい。心が熱くなった》
娘の成長を見守る千里さんは言う。
「家族以外の人とは話せず、体も固まってしまうみずきは、人の半分しかできることがないかもしれない。でも、エプロンと帽子をした瞬間、できる自分になって全速力で生きています。そんな子を社会に出すために必要なのは周りの大人たちの力。多くの素敵な大人たちに支えられてきました」
自分の思いをあまり口にしないみずきさん。小学校の卒業文集に、こうつづった。
《私の夢はパティシエになることです。夢に向かって今がんばっています。みいちゃんのお菓子工房でみんなに笑顔を届けます》
目標はレパートリーを今の倍の300に増やすこと。そして、将来自立して店を運営することだ。
■みいちゃんのお菓子工房の開店日などの情報はホームページ(https://mi-okashi.com/)で。(筒井次郎)
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〈場面緘黙〉 家では話せるのに学校など社会の場では話せなくなってしまう不安症の一つ。幼児期に発症することが多いが、成人になっても症状が残ることもある。長野大の高木潤野准教授(言語・コミュニケーション障害)によると、近年の研究では小学生で500人に1人程度の割合でいると考えられている。
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October 27, 2020 at 06:00PM
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